記事のポイント
- 日本のデフレ期は「賃金低下→消費マインドの冷え込み→企業の価格転嫁拒否→コスト削減(賃金抑制)→再び賃金低下」という自己強化ループとして構造化されており、スーパーマーケットの特売常態化・PB台頭はその必然的な産物だった。
- BSE(2004年)・リーマンショック(2008年)・コロナ禍(2020年)の3つの外部ショックが価格の転換点をつくり出し、そのたびに「外食から中食へのシフト」という食品スーパーへの構造的な追い風が生まれた。
- 2022年以降のコスト型インフレは過去と異なり「円安定着・物流構造変化・食料安全保障リスク」という解消困難な複合要因を持つ。「また値上げ」と表面的に捉えず、価格体系の根本再設計として向き合うことがバイヤー・SVに求められている。
日本経済の37年間を整理すると、4つのフェーズに明確に区分できます。
①バブル期(〜1991年)は「高価格=価値」という消費者の信頼のもと企業が強気に価格を設定した時代。
②デフレ定着期(1997〜2012年)は金融危機・アジア通貨危機・リーマンショックが重なり「安さが正義」という価値観が固定化した時代。
③アベノミクス期(2013〜2019年)は円安誘導と超金融緩和にもかかわらず実質賃金が伸び悩み、消費税増税分の転嫁だけが許容された時代。
④ポストコロナ・インフレ期(2022年〜)は外生的なコスト圧力が企業の吸収限界を突破し、30年ぶりの本格的な価格転嫁が連鎖した時代です。この変遷を踏まえなければ、現在の値上げラッシュを正しく理解することはできません。
デフレ期に形成された均衡の方程式は次のようなものでした。賃金の硬直的な低下→消費マインドの冷え込み→企業の価格転嫁拒否→コスト削減(賃金抑制)→さらなる賃金低下という自己強化ループです。この均衡下でスーパーマーケットは「特売を打てば集客できる」という行動原理を定着させ、PB(プライベートブランド)商品の本格台頭もこの時期に起きました。「安くて当たり前」という市場規範は、アベノミクス期の超金融緩和政策下でも崩れず、コアCPI(消費者物価指数)が政府目標の2%に届かないまま2010年代は幕を閉じました。
3度の外部ショックは、それぞれ食品スーパーへの構造的な追い風をつくり出しました。2004年のBSE問題では吉野家が牛丼販売を中止し、「特定食材・特定産地依存のリスク」を業界全体が学びました。2008年のリーマンショックと小麦価格急騰(バイオエタノール需要の高まりによるトウモロコシへの転作が一因)では、食品メーカーが17年ぶりの値上げを迫られました。そして2020年のコロナ禍では、外食支出が前年比▲26.7%急落する一方で調理食品の支出が拡大し、「中食習慣の定着」という不可逆なトレンドを生みました。外部ショックのたびに「内食・中食への移行」が加速してきたこの構造を、バイヤーは今後の戦略立案の前提として押さえておく必要があります。
2022年以降の局面は、過去の外部ショックと質的に異なります。①円安の定着(1ドル150円超)による輸入原材料コストの急騰、②「令和のコメ不足」による国産米需給の逼迫、③「2024年問題」(トラックドライバーの残業規制)による物流費の構造的上昇――いずれも短期では解消しない構造問題です。過去のデフレ期に定着した「底値競争・特売常態化」のビジネスモデルは、このコスト環境では持続が難しくなりつつあります。「値上げしても選ばれる理由」を商品の品質・鮮度・食べ方提案で構築できるかどうかが、次の10年の分岐点になるかもしれません。
■コラム一覧
・第1回:「入場税廃止」からビッグマック500円まで――デフレ均衡が崩れた37年の価格史
・第2回:「賃金↓→転嫁拒否→賃金↓」――デフレ均衡方程式と5フェーズの時代背景
・第3回:「主食の大逆転」が示す――エンゲル係数と食費構造25年の地殻変動
・第4回:「タイムパフォーマンス」が惣菜を選ぶ理由とは?――中食化25年と調理時間の機会費用
・第5回:単身世帯の平均年齢は58.6歳――「プロテインシフト」と食の個人化の25年
・第6回:「カップ麺が相対的に安い」――穀類消費変容と即席麺が選ばれる「機会費用」の論理
・第7回:かぼちゃ購入量▲26%が教える――生鮮価格高騰と「適応の2段階」メカニズム
・第8回:ミネラルウォーター+23%、焼酎▲15%――健康志向と気候変動が変えた「飲む」という選択
・第9回:「地産地消で盛岡のかぼちゃは安い」――都市別データが映す地域格差と棚割戦略
・第10回:沖縄はスパムと米、北海道は自炊――「37年の眠りから目覚める」日本の食と持続的成長の条件
