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時間外労働上限規制の中で、建設技術者をどう育てるのか?(1)

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-スキルマップで建設技術者育成の指針を示そう-

 2024年4月から建設業においても、時間外労働の上限規制が適応されます。それに備え、各社DXや現場事務作業の本社への分担など、様々な施策を講じてきました。その努力の結果、なんとか法の上限原則である月45時間年360時間(特別条項年720時間)に対応できたとしても、また直ぐに次の大きな問題に直面します。それは、若手技術者の育成です。

 若手技術者の育成は、今でも多くの建設会社が苦心しています。しかし、今後年間の時間外労働が360時間に制限されると、単純計算で月30時間、1日1時間数十分。元請の現場監督であれば、朝は職人たちよりも早く来て、1日の作業終了後に片づけをしたら、この程度の時間は直ぐに過ぎてしまいます。この限られた時間の中で、現場巡回や工事書類の作成に加え、人材育成までを行わなくてはなりません。これが非常に難しいことは明らかであり、若手の技術者育成問題は、さらに深刻化するでしょう。

 よって、従来通りのとりあえず現場に配属し、あとは「見て学べ」「とりあえずやってみろ」の無計画なOJT(建設現場での教育)は当然通用しなくなります。労働時間が限られると、失敗が許されなくなり、若手に挑戦させる余裕がなくなるためです。そのため、なんらかの仕組みでOJTを支援することが求められます。

建設技術者としての能力の現在地と、今後の成長方向を示す地図”スキルマップ”の活用

 若手技術者の能力を着実に向上させることを支援する仕組みとして、”スキルマップ”をご紹介します。弊社は全国に支店を持つ大手建設会社から、地域で下請けを主体とする小規模な建設会社まで、様々な企業で教育ツールとしてこのスキルマップを開発してきました。その中で、スキルマップを時間外労働上限規制前に整備した、またはこれから整備を急ぐ建設会社が増えているとの印象を持ちます。

1.スキルマップ活用の目的

 スキルマップとは、1人前の技術者になるまでに習得すべき知識・能力を地図のように一覧化するものです。ある技術者を例にとり、その人が習得したスキルを塗りつぶす(または点数化する)と、現在の保有スキルと今後習得すべきスキルが、誰にもわかりやすく可視化されます。

 このスキルマップに従って、1年目、2年目とスキルを習得させていくことが、育成の指針となります。現場任せ、個人任せ、場当たり的な教育ではなく、組織的、計画的、着実に人材を育成できるようにすることを目的とします。

2.スキルマップ活用の利点

 スキルマップを活用すると、指導される若手にとっては、この1年で自分がどのスキルを身に付ければよいのか、目標が明確になります。指導する先輩や現場所長にとっても、何を教えるべきかが明確であれば、いきなり新人を現場に配置され「あとはよろしく」と丸投げされるよりも、はるかに育成が容易になります。また工事課長・部長にとっても、直接自分では見えない育成の現場で行われる人材育成の過程を、店社にいながら把握することができます。育成がうまくいかない場合は、若手の配置現場を変える、現場所長に助言するなど、早期の対策が可能となります。最近は人手不足で、企業によっては中途社員も多数いたりすると、前職で異なる職歴を積んできた人のスキルを自社の尺度で測り、自社で望まれる人材に育成することにも役立ちます。

 つまり、スキルマップという指針を柱に被指導者(建設現場の若手技術者)、指導者(先輩技術者、現場所長)、管理者(課長、部長)が同じ目線で人材育成に取り組めるようになることが大きな利点といえます。

3.スキルマップの期待効果

 スキルマップを有効に活用することで、若手の早期離職を抑制することが期待できます。

 何も指針がない中でただ日々の業務に追われることは、心身ともに非常に負担となり、それが原因で離職する若手も少なくありません。対して、将来一人前になるためには、「何のスキルが必要」であり、「それを身に付けるために今この業務を行っている」というように逆算して把握することで、主体的に仕事に向き合えるようになります。それだけで早期離職がなくなるわけではありませんが、抑制する施策になり得ます。

建設業の技術者に適したスキルマップの作成手順

 スキルマップの有効性・必要性を説明しましたので、続いてスキルマップをどのような手順で、どのようなことに注意して作成するのかを具体的に記します。

1.あるべき人材像を設定する

 最初に一人前の技術者、具体的には小・中規模の現場所長を務められるようになるためには何年目なのかと、ゴールを設定します。次に、見習い(1~2年目)、係員(3~5年目)、次席(6~9年目)、所長(10年目)というように、成長の段階を区切ります。

 そして、それぞれのあるべき人材像を想定します。例えば、見習いであれば、「上司・先輩の指示に従い行動する」。係員であれば「簡易な業務は自身の判断で処理し、応用的な業務は上司・先輩の指示のもと処理する」などが考えられます。等級基準が定められている会社であれば、それをそのまま採用する場合もあります。

2.習得すべきスキルを挙げる

 一人前人材像とそこに至る段階が定まったら、スキルマップのマトリクスの縦軸であるスキルを挙げていきます。安全管理、品質管理、工程管理、原価管理など単位で、必要スキルを挙げる場合が多いです。その他業務フローに従って、スキルを順にあげていく場合もあります。

 この時、あまりに細かくスキルを挙げると、スキルを測るものではなく作業のチェックリストのようになるため注意が必要です。例えば写真撮影でいえば、「撮影工事の工種を理解している」「豆図を作成できる」「必要寸法を測り記入できる」と挙げていてはきりがありません。よって、「工事黒板を作成できる」程度にまとめます。このように適度な粒度でスキルを設定することが肝といえます。またスキルを数多く挙げ過ぎても、その習得度合いを確認するのに大きな時間と労力がかかります。そのため、自社およびその職種にとって重要スキルを厳選することも肝となります。スキルマップは作って終わりではなく、継続運用しなければ、その利点を得られません。皆が多忙な業務の中で、簡易に使えることも考慮して、作成する必要があります。

3.スキルの習得段階を設定する

 縦軸の次は横軸であるスキルの習得段階を設定します。①のあるべき人材像に従い、②で挙げたスキルの難易度を段階的に高め、最終的に一人前の水準に達するように定めていきます。

 この時、無理に細かく段階付けする必要はありません。3~5年次で求めるスキル水準に変わりがない場合は、同じとしても構いません。細かく設定し過ぎた結果、指導者がその差を理解し、適切にスキルを測ることができなければ意味がありません。

 以上のとおり、スキルマップは労働時間が短くなる中、着実に若手技術者を育成する仕組みとして有効であり、整備することが推奨されます。

 ただし、ここに記したものはスキルマップの理想形であり、必ずしもこのとおり作成しなければならないということではありません。重要なのは、育成の全体像を示すこと。そのため、一人前の技術者として必要なスキルを挙げるだけ。入社から当面3年間で習得すべきスキルを挙げるのみでもかまいません。できるところから取り組んでみてください。

コンサルタント紹介

片桐雄佑 (かたぎり ゆう)
株式会社日本コンサルタントグループ 建設産業研究所 コンサルタント

千葉大学大学院修了。家具の製造・販売や内装工事を扱う会社にて、設計職と事業企画職を担当。その後ベンチャー企業の経営企画を経て、現職。現在は建設会社を主な顧客とし、経営計画の策定、業務改善、人材育成などを支援する。

最近の担当実績
小規模電気工事会社 経営再建計画の策定
地場ゼネコン 中期経営計画の作成と実行支援
大手ゼネコン 工事現場業務のDX支援
大手設備工事会社 人事制度の改定
大手ゼネコン 人材育成体系・教育プログラムの設計

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