| 日本大正村 |
| |
|
| 日本大正村の概要 |
日本大正村は、岐阜県明智町(市町村合併で現在は恵那市明智町)にあり、地域全体で大正時代を感じさせる観光地といえます。
近隣にある明治村や昭和村と異なり、現在の生活や産業も息づいていながら、大正ロマンを満喫してもらえます。
観光の魅力は、ボランテアの案内人の親切な対応ですが、主な拠点として、大正ロマン館、大正村役場、大正村資料館、おもちゃ資料館、大正時代館などがあり、また、マスコミや大学等からの支援を受け、大正時代に関係する資料も豊富にあり“地域全体が大正時代ミュージアム”と言えます。 |
|
| |
|
| 活動の軌跡 |
高度経済成長に取り残された各地で大正村構想が提案されていた当時、明智町は、地域産業の林業や木材産業なども衰退し、国鉄明知線も廃線の危機にありました。
商工会理事数名がこの構想に乗り、新聞社などにも働きかけ日本大正村の看板を掲げました。行政や地域住民の協力も得て、町並み作りや資料館などの整備が進められ、これに、大正生まれの人や大正時代に創業した企業などの支援により徐々に看板に見合う地域に変貌してきました。
やがて、東京大正会〔会長:森繁久弥氏〕の支援で村長:高峰三枝子氏、議長:春日野清隆氏などの就任していただき、本格的な観光地として形成されています。開村して20数年経過しましたが、活動の主体はボランティアによる住民であることに変りはありません。 |
|
| |
|
| 地域づくりにおける日本大正村のポイント |
◎ 住民主体、行政支援による地域づくりのモデル。
◎ 施設に依存するのではなく、ソフト重視による地域づくりモデル。
◎ 活動を持続させるために経済性の追及。(コミュニテイ・ビジネスのモデル)
◎ 地域内外からのサポーターの確保による振興施策。
◎ 女性を地域づくりのシンボルとした地域づくり〔初代村長高峰三枝子二代目司葉子〕。
◎ マスコミの支援での活動のPR。
◎ 町は消えたが村は残った。(明智町は合併で恵那市) |
|
| |
|
| 弊社との関係 |
1985年、日本大正村の看板を掲げた後、明智町〔現在、恵那市〕から「明智町観光構想」を委託され、明智町全体の観光振興の指針とともに、日本大正村づくりの指針を策定しました。
翌年からは、シンポジウムのコーディネートをはじめ、各種イベント、物産開発なども含めて地域づくり全般に渡り支援してきました。
現在、日本大正村開村20周年に、弊社で中心的に支援してきた弊社メンバーが村議会議員に委嘱されています。 |
|
|
| |
|